hamadata's diary

エンジニアのブログ

AIR JAMとオーディオの歴史

なにやらtwitterやらの情報によると、先週末にAIR JAMが開催されたらしい。

Wikipedia情報によるとGROWING UPが発売されたのは1995年となっているから、今からもう16年も前のことで、僕はまだ中学校に入ったばかりかそれぐらいだった。Blankey Jet Cityもまだ解散していなかった。

その頃、兄弟が持っていたカセットウォークマンは、SONYのオートリバース(死語)つきの、平べったいNi-MH電池を入れるタイプの結構高級なモデルで、たしか値段は4万円ぐらいだったと思う。高級でないパナソニックのモデルなんかでも、たしか2万円台で売られていた時代だ。中学校時代の記憶をたどってもMDについての記憶が全くと言っていいほどないから、たぶんまだ普及はしてなかったんだと思う。

高校に入った頃になると、徐々にMDが普及しはじめて、自分の部屋にもSHARPのMDデッキが導入された。KENWOODのポータブルMDプレーヤも買った。乾電池を入れるタイプで、12800円とかそんくらいの値段だった。MDの時代も、やっぱりトップブランドはSONYで、SONYのディスクサイズのプレーヤはたしかまだ3万円近くしていて手が出なかった。トランジスタ技術には、ぼちぼちとmp3プレーヤの自作記事が掲載されたりしていた。

大学に入ると、RIOのmp3プレーヤを買った。まだ、ポータブルのmp3プレーヤは64MBとかが主流で、どっちかというとオタ向けのデジタルガジェットとして取り扱われていた。そもそもSDカードなどという高尚なものもほとんど普及してなかった。

大学に入って少しすると、AppleiPodなる超絶高級プレーヤを発売した。値段はたしか、5Gで5万円ぐらいだった。当然貧乏学生(といってもアパートに風呂がついてないぐらいでそこそこいい生活をしていたんだが)が買えるような値段ではなかったし、そこまで魅力的な商品だとも思わなかった。

少しすると、iPodもいくらか値段が下がり、バックライト付きの第三世代になってから、やっと買ってみる気になった。値段は、10GBで2万円台後半ぐらいだったと思う。まだ、持っているひとはほとんどいなかったので、見せびらかすという用途では、結構すばらしいガジェットだった。自分の持っている音楽データをごっそり全部持ち歩けるという価値観はこのときに初めて生まれた。

今手元にある、iPhone4は6万少々したから、昔の一連のプレーヤと比べてもそこそこいい値段はしているが、ただ音楽再生機能だけが欲しいのなら、iPod nanoにしておけば8GBのモデルが1万何千円かで手に入るし、その重さは多分カセットテープよりも軽い。僕の生きた時代はほぼバブル終了後で、景気のいい話も聞くことはなく、失われたナントカであったわけだが、その当時に身の回りにあったものをちょっと振り返ってみると、日本の製造業にとってはまだずいぶん景気の良い時代ではあったのだろう。

あと、最近ではソニーの発売するデジタルガジェット全般のなんとなくいけてない感じがなんだか悲しいが、そもそもほかの国産ブランドについて言えば、ヨドバシカメラに言っても目にすることすらないのと比べれば、まだずいぶんましな位置にいるのは間違いない。ソニーのオーディオ機器はまだ専用の場所にディスプレイされているわけだし。